それは今たたかないと機会を失うからだ。

後で投網でごっそりそれは無理。

今いる奴にがまんしろもひどすぎる。

たたけるときはて徹底してたたく。

そうしないと、また彼らの勢力が盛り返す。

良く聞くがいい。

三国志の赤壁の戦いのとき
負けた曹操は命からがら
山道を鎧を変えてにげた。

そこに伏兵がいれば
打ち取れるのにバカだと言った。

その時、関羽がいたが、結局仮りを返せと言われて
逃がしてしまった。

あの時関羽ではなく別の武将、趙雲であれば
おそらく打ち取っていたと思う。
孔明は打ち取る機会はあると言った。

しかし、実際はなかったのだ。

チャンスは確実にものにしなくてはならない。

頭がいい奴に限って、おっとり刀で行こうとする。

それでは、また奥田伊藤の思うつぼだ。
私はそう読んでいる。

相手の息の根を止めてしまうまで

決して力を緩めてはならぬ。

私が武将ならば
必ず冷酷に殺す。

それで、人に何と言われようと
わが思いを遂げる。

第二次対戦で米軍が火炎放射だの
爆弾だのひどいことをしたというが、
私は米軍のしたことは正しいと思う。

理由は敵がどこに潜んでいるか
わからないときは、ひどいことをしなければ
いつ襲われるかかわからないのだ。

戦いに勝つには、兵法だの
くだらない論理は必要ない。

それが戦争というものだ。

良く考えて欲しい。

手を緩めたりしたら
下手をしたら、襲われて死ぬ。

人間としては良い行為でも
それがもとで、アルカイダなどに殺された
兵士もいる。

温情は時には大変な弊害を生む。

生き延びるには非道もやむなし。

それが私の考え。

だから、可哀そうでも伊藤の娘にも痛い思いをさせる。

親が悪いのだから仕方あるまい。

あんたが憎いのではないが
行動を共にしたら巻沿いを食うこともある。

人を殺すのはそういうこと。
それができないものは

リタ゛ーの資格はない。

日本人は和を重んじるが
それは時として大変な弊害を生む。

私は息の根を止めるまでは
決して手を緩めるつもりはない。

中途半端なやり方では
以前の会長と同じになるだけだ。

さつさと、殺せる奴は殺してしまえ。

なんとひどいと思うかね。

それが間違いだ。


小泉にしても息の根を止めさせないから
生き延びたのだよ。

今はそれで苦しんだり、本人も後悔しているだろう。

やっつけるなら、徹底しなくてはいけない。

今までバカにされてきたのだから
このまま我慢しろもないものだ。

その論理は所詮他人事だからと
言える。

社労士会や県SR
彼らのやり方では決して
彼らの息の根は止められない。

引導を渡すものには
なさけはいらない。
まず相手を倒してから
供養するのだ。

今から、甘い優しいことを考えては
必ず゛後悔する結果になる。

まずは相手を徹底的にたたく。

そして、非常識な行動で
相手を打ちのめせ。

まともに法廷闘争などしたら
彼らの思うつぼだ。

彼らの土俵で戦ってはならぬ。

それだけ、引き延ばせる。

むしろ、横車を押す
母親と引き離してやる方が
娘のためだろう。

仮に天下を取れても
必ず仕返しされる。
今のうちにおとなしくして
一会員でいる方が
身のためだ。

女だてらに、しかも姑息なヒキョーなやり方で
天下を取っても、誰も味方しなくなるだろう。

そこまで考えたら、今しばかれる方が
彼女の将来を思うなら良い。

仮に社労士会の策が成功したら
完全に追い出されてしまうだろう。

だから、今は負けた方が
娘の将来のためにはいい。

今、叩き潰すのが非道ではなく
実はありがたい行為ということだ。

うかつに飼い殺しされたら
その方がみじめだろうて。

高い地位から無理やり
引きずり降ろされるくらいなら、

始めから、ならない方が苦しくあるまい。

女小沢一郎になってどうするんだ。
皆に嫌われて生きていけるのかね。

いつまでも、親は生きてはいないぞ。

そこまで考えたら、親分と一緒に転落した方が
よほど幸せだろうて。

厳しいかもしれないが、それが神の愛というものだ。

優しくするのた゛けが愛それは違う。

世の中のルールを勉強させてもらう。

実にありがたいと思うことだ。

のちに生かすも殺すも心がけ次第だ。