事案は、「Xは、昭和35年12月にY市に採用され、昭和43年4月15日からY市立長津田保育園に保母として勤務し始めたが、3年目の昭和45年9月頃から、肩、背中の痛みを感じるようになった。昭和46年6月14日に、Xが長女を出産した約10ヵ月後の昭和47年4月頃からは、慢性的肩こりに加えて、右腕、右肘の筋肉が非常に痛み出した。その状態のまま、Xは、昭和47年6月2日に新設のY市立山手保育園に主任保母として着任し、同僚の保母のほとんどは新任保母であるという状況の中で、中心的立場で事務処理に当たった。Xには、同保育園に転勤した頃から、肩こり、腕のだるさ等の自覚症状があったが、同年8月の調理員休暇中の調理作業中、右背中に激痛を感じた。Xは、同年9月に、訴外A病院で診察を受け、頸肩腕症候群と診断され、通院を開始した。この間、Xは十分な休憩、休暇を取得することができず、その後も同僚保母の長期欠勤のため合同保育にあたるなど、Xの業務負担が重くなることはあっても軽減されることはなく、Xの症状も若干の起伏を伴いながら続いた。 そこで、Xは、Y市に対し、安全配慮義務違反により頸肩腕症候群を発病させ、さらにこれを増悪させたとして、慰謝料1000万円を請求したもの」である。

 これは、横浜市立保育園事件であるが、最高裁(最判H9,11,28)は次のように判示した。

1 職業病としての頸肩腕症候群の発症の原因や病理的発生機序については、いまだ十分な解明がされていないとはいえ、せん孔、印書など上肢に過度の負担のかかる業務に従事することにより頸肩腕症候群の症状を生ずることは、医学的にも、法的にも承認されている。保母の業務と頸肩腕症候群との因果関係については、公務員を含め労働者災害補償上の行政的取扱いとしては、個別的に因果関係の有無が判断されるものとされているが、相当数の保母が頸肩腕症候群による労災(又は公務災害)補償認定を受けている。

2 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

 保母の保育業務は、長時間にわたり同一の動作を反復したり、同一の姿勢を保持することを強いられるものではなく、作業ごとに態様は異なるものの、間断なく行われるそれぞれの作業が、精神的緊張を伴い、肉体的にも疲労度の高いものであり、乳幼児の抱き上げなどで上肢を使用することが多く、不自然な姿勢で他律的に上肢、頸肩腕部等の瞬発的な筋力を要する作業も多いといった態様のものであるから、上肢、頸肩腕部等にかなりの負担のかかる状態で行う作業に当たることは明らかというべきである。

 Xの具体的業務態様をみても、・・・・・・・・通常の保母の業務に比べて格別負担が重かったという特異な事情があったとまでは認められないとはいえ、その負担の程度が軽いものということはできない。

 Xの症状の推移と業務との対応関係、業務の性質・内容等に照らして考えると、Xの保母としての業務と頸肩腕症候群の発症ないし増悪との間に因果関係を是認し得る高度の蓋然性を認めるに足りる事情があるものということができ、他に明らかにその原因となった要因が認められない以上、経験則上、この間に因果関係を肯定するのが相当であると解される。

 Xの出産、育児、発症部位その他の原判決の説示する事情は、・・・・・・・・・・・右の結論を左右するものではない。

 本判決は、最高裁として、保母業務一般について頸肩腕症候群が生じる蓋然性が高い職種と認めたという点で大きな意義を有するものである。なお、頸肩腕症候群を含む上肢障害の業務(公務)上外認定基準については、改正がなされており、本件で問題となった保母業務は「上肢等の特定の部位に負担のかかる状態で行う作業」の一つとして認定基準に含められている。