普通解雇事由を解雇後に追加主張できるか
Q:当社の就業規則では、普通解雇事由として、「勤務成績がいちじるく低劣であったとき」、「懲戒事由に該当するとき」等を定めています。この度、営業中の中堅社員(正社員)が、交際費を水増し請求して受領したことが判明し、懲戒解雇では気の毒と考えて、「懲戒事由に該当するとき」に当たるとして普通解雇しました。解雇後、改めて勤務状況を確認したところ、営業成績が極めて低く、注意指導に従わず、改善の意欲もなかったことがわかりました。普通解雇したときは勤務成績不良には言及しませんでしたが、今後、裁判等で争われた場合、「勤務成績が著しく低劣であったとき」にも該当すると主張することはできないでしょうか。解雇理由証明書はまだ発行していませんが、発行するときには、勤務成績不良の件はどうすればよいでしょうか。
A:営業成績が極めて低く、注意指導にも従わず、改善の意欲もなかったという事実は、普通解雇の時点で客観的に存在していた事実ですから、普通解雇したときに言及していなくても、訴訟において「勤務成績が著しく低劣であったとき」に該当する事実として追加的に主張することが可能と解せられます。
【解説】
1.設問とは別に、懲戒解雇の場合に懲戒解雇事由を事後的に追加主張できるかという論点があります。最高裁は、最判平8・9・26において、懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として一種の秩序罰を課すものであるから、具体的な懲戒の適否はその理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものであるとした上、懲戒当時使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情がない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、そのような非違行為が存在することをもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできないとしました。
この見解によれば、懲戒解雇の場合、特段の事情のない限り、懲戒解雇の時点で使用者が認識していなかった非違行為を、懲戒解雇事由として事後的に追加主張することはできないことになります。
2.では普通解雇の場合も、懲戒解雇の場合と同様、特段の事情のない限り、普通解雇の時点で使用者が認識していなかった事実を、普通解雇事由として事後的に追加主張することはできないのでしょうか。
おもうに、懲戒解雇は労働者の非違行為に対する制裁としての懲戒権の行使であるのに対し、普通解雇はそのような懲戒権の行使とは異なり労働契約の解約権の行使であること、普通解雇理由に制限はなく、普通解雇は解雇権の濫用に当たらない限り有効であることからして、普通解雇の場合は、懲戒解雇の場合と異なり、普通解雇の時点で客観的に存在していた事実であれば、普通解雇事由として追加主張することができると解されます。
【参考】大通事件(大阪地判平10・7・17)解雇の意思表示では休職処分に従わなかったことについて何ら言及していなかったという事案において、普通解雇が解雇権濫用に該当するか否かの判断に当たっては、解雇時に存在した事情は、たとえ使用者が認識していなかったとしてもこれを考慮することが許されるとし、休職処分に対する労働者の態度を考慮することは当然に許されるとされた。
●参考「Q&A解雇・退職トラブル対応の実務と書式」(新日本法規)66頁